だまして売春代金の支払を免れた場合に、詐欺罪は成立するのか?

prostitution 刑法
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甲が、SNSを通じてA女に対して5万円を支払うことと引き換えに性交渉をもつことを持ち掛け、これに応じたA女と性交渉をもった後、「ATMでお金をおろしてくる。」などと言って、これを了承したA女のもとから立ち去り、戻ってくることはなかった。

この場合、甲に詐欺利得罪(刑法246条2項)が成立するか?

1 相手方をだまして売春代金の支払を免れる2つの場合

売春相手をだまして売春代金の支払を免れるには、以下の2つの場合がある(団藤重光編『注釈刑法⑹ 各則⑷』初版、有斐閣、1966年、p.241参照)

  1. 当初から代金を支払う意思がないのにあるかのように装って売春を持ち掛けた場合
  2. 性交渉をもった後に支払う意思をなくし、相手方を欺いて代金の支払を免れた場合

1.の場合の客体は性行為としての労務の提供であり、2.の場合の客体は売春代金の支払という財産上の利益である(大谷實『刑法講義各論』新版第5版、成文堂、2019年、pp.293-294参照)

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2 詐欺罪の構成要件

【詐欺罪の構成要件】
客観的構成要件①欺く行為
②相手方の錯誤
③処分(交付)行為
④財物又は財産上の利益の移転
主観的構成要件⑤故意
⑥不法領得の意思

①から④の間には、連鎖的因果関係がなければならない。

つまり、①があったことによって②が起こり、②があったことによって③が起こり、③があったことによって④が起こったという関係がなければならない。

3 事例の検討

⑴ 当初から売春代金を支払う意思がなかった場合

  • 甲は、A女に対して売春代金を支払う意思がないのに、自己と性交渉をもてば、金銭が支払われるかのように装っている(①)。
  • A女が甲からの提案に応じたのは、売春代金が支払われるものと誤信したからである(②)。

しかし、「(かん)淫行為は財物ではなく、これを金銭的価値に換算しえてもそれ自体は財産上の利益でもない(団藤重光編『注釈刑法⑹ 各則⑷』初版、有斐閣、1966年、p.241)から、③の財産的処分行為はないといえる。

したがって、甲に詐欺利得罪は成立しない。

⑵ 性交渉をもった後に売春代金を支払う意思をなくした場合

  • 甲は、A女に対して売春代金を支払う意思がないのに、代金を支払うためにATMに行って戻ってくるまで待っていれば金銭が支払われるかのように装っている(①)。
  • A女が甲からの提案を了承したのは、売春代金が支払われるものと誤信したからである(②)。
  • 甲がATMまで行って戻ってくることを了承することは、売春代金という金銭債権の弁済を猶予するという財産的処分行為をしたものといえる(③)。
    (実際、甲とA女はSNSを通じて知り合ったにすぎず、緊密な関係にあるとはいえない。また、甲が自らA女に対して売春を持ち掛けているにもかかわらず代金を用意していないことからすると、そもそも本当に甲に代金支払の意思があるかどうかに疑問があることから、甲がATMで金銭を用意してA女のもとに戻ってくるとは必ずしもいえない。さらに、甲がそのまま行方をくらませてしまえば、A女が甲に対して売春代金の支払を請求することは、著しくないしは相当程度困難になるものといえる。そして、そのような事情をA女も認識していたものといえる。)

しかし、売春契約は公序良俗に反するものとして無効であり(民法90条)、A女の甲に対する売春代金債権も成立しない。

民法90条(公序良俗)

公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする。

そうすると、甲はA女から金銭債権の弁済を猶予されたという財産上の利益を得たということはできず、④の財産上の利益の移転はなかったといえる。

したがって、甲に詐欺利得罪は成立しない。

売春代金の支払を相手方をだますことによって免れた場合に詐欺利得罪が成立するかという点について最高裁の判例はないが、下級審においては、「元来売淫行為は善良の風俗に反する行為であって、その契約は無効のものであるからこれによって売淫料債務を負担することはないので……売淫者を欺(もう)してその支払を免れても財産上不法の利益を得たとはいい得ない」(札幌高判昭27.11.20高刑集5巻11号2018頁)として成立を否定するものと、「契約が売淫を含み公序良俗に反し民法第90条により無効のものであるとしても民事上契約が無効であるか否かということと刑事上の責任の有無とはその本質を異にするもので何()関係を有するものでなく、詐欺罪の(ごと)く他人の財産権の侵害を本質とする犯罪が処罰されるのは単に被害者の財産権の保護のみにあるのではなく、(かか)る違法な手段による行為は社会秩序を乱す危険があるからである。そして社会秩序を乱す点においては売淫契約の際行われた欺罔手段でも通常の取引における場合と何等異るところがない」(名古屋高判昭30.12.13裁特2巻24号1276頁)として成立を肯定するものがある。

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