最大判昭25.9.27 昭和24年新(れ)第22号:昭和22年勅令第1号違反、衆議院議員選挙法違反 刑集 第4巻9号1805頁

judicial_precedent 憲法判例
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要 旨

何人も同じ犯行について、2度以上罪の有無に関する裁判を受ける危険に曝さるべきものではないという場合における危険とは、同一の事件においては、訴訟手続の開始から終末に至るまでの1つの継続的状態をいい、同じ事件における1審・控訴審・上告審の各手続は、継続する1つの危険の各部分にすぎず、同じ事件においては、いかなる段階においても唯一の危険があるのみであるから、下級審における無罪又は有罪判決に対し、検察官が上訴をなし、有罪又はより重い刑の判決を求めることは、被告人を二重の危険に曝すものでもなく、憲法39条に違反して重ねて刑事上の責任を問うものでもない。

主 文

 本件上告を棄却する。

理 由

 弁護人金光邦三上告趣意は末尾に添附した別紙書面記載のとおりである。

 第一点について。

 元来一事不再理の原則は、何人も同じ犯行について、二度以上罪の有無に関する裁判を受ける危険に曝さるべきものではないという、根本思想に基くことは言うをまたぬ。そして、その危険とは、同一の事件においては、訴訟手続の開始から終末に至るまでの一つの継続的状態と見るを相当とする。されば、一審の手続も控訴審の手続もまた、上告審のそれも同じ事件においては、継続せる一つの危険の各部分たるにすぎないのである。従つて同じ事件においては、いかなる段階においても唯一の危険があるのみであつて、そこには二重危険(ダブル、ジエバーデイ)ないし二度危険(トワイス、ジエバーデイ)というものは存在しない。それ故に、下級審における無罪又は有罪判決に対し、検察官が上訴をなし有罪又はより重き刑の判決を求めることは、被告人を二重の危険に曝すものでもなく、従つてまた憲法三九条に違反して重ねて刑事上の責任を問うものでもないと言わなければならぬ。従つて論旨は、採用することを得ない。

 第二点について。

 所論は刑訴四〇五条に定むる上告理由を主張するものでないことは明らかであり、また所論主張事実を考慮しつつ全記録を検討してみても職権で原判決を破棄しなければ著しく正義に反するとまでは認められない。されば論旨は上告適法の理由を欠くものとして採ることができない。

 よつて刑訴四一四条同三九六条により主文のとおり判決する。

 以上は裁判官長谷川太一郎、同沢田竹治郎、同栗山茂、同斎藤悠輔、同藤田八郎を除く裁判官一致の意見である。

 論旨第一点に対する裁判官長谷川太一郎の補足意見は次のとおりである。

 論旨は、日本国憲法は英米法の思想を採り入れたものであること、及び日本国憲法三九条の英訳に二重危険の文字が用いられていることを根拠として、同条は米国憲法修正五条中に「何人も同一の犯罪に対し再び生命又は身体の危険に臨ましめられることはない」と同一趣旨であつて、英米法の二重危険の原則を採用したものであると主張する。元来二重危険の原則というのは、判決が確定した場合は(もち)論、(いま)だ確定前の場合、又は未だ判決の言渡しはなくとも訴訟のある段階に達した場合は、被告人にとつて二重危険の原由あるものとして、同一の犯罪について重ねて被告人の不利益に訴追されることはないものとして、被告人の地位の安定を保障するというのである。所論日本国憲法三九条後段の規定「同一の犯罪について重ねて刑事上の責任を問はれない」が二重危険の原則を示すものとすれば、同条前段の後半「既に無罪とされた行為については刑事上の責任を問はれない」もまた、当然二重危険の原則の内に含まれると言はなければならない。しかるに、所論同条の英訳を見るに、同条後段についてのみ二重危険の文字を用い同条前段の後半と区別している。もしも、同条が二重危険の原則をそのまゝ採用したものとすれば、同条の英訳において同条前段の後半と後段とを区別する必要なく、米国憲法修正五条と同様の文字を用いれば事足るわけである。しかるに、これを区別して英訳している点等に鑑みるときは、同条と米国憲法修正五条とが同一趣旨であるとはいい得ない、従つて所論英訳を根拠として日本国憲法三九条は所論二重危険の原則をそのま採用したものであると断定することは早計である。そして被告人の地位の安定の保障は、判決確定の時に与えれば充分であつて、二重危険の原則が示すが(ごと)く、未だ判決が確定しない場合とか、訴訟のある段階に達した場合において、地位の安定を保障することは我国情にてらして行き過ぎと言はなければならない。従つて、憲法制定に当つては、二重危険の原則をそのまゝ採用することをしなかつたと認めるのが相当である。論旨はさらに、新刑事訴訟法の制定に当り、被告人の不利益な再審制度が認められなかつたこと、及び、判決確定後再犯が発見された場合の宣告刑の変更に関する刑法五八条が廃止されたことは、被告人の地位の安定を保障する見地に基くものであつて、二重危険の原則を採用した憲法三九条の趣旨に添はんとするものであると主張する。しかし、これ()は憲法三九条が一事不再理の原則をかゝげた為めであつて、二重危険の原則を採用した為めではない。なお論旨は新刑事訴訟法が第一審の審理を(てい)重にし、且つ、第一審判決において禁錮以上の刑に処する判決の言渡しがあつたときは、保釈又は勾留の執行停止は其効力を失うと規定しているのは、第一審判決の権威を確認したものであつて、其の反面にもはや第一審判決は被告人の不利益に変更される如き危険は禁止される法則が認められたものであると主張する。しかし、右は全く刑事政策上の理由によるものであつて、二重危険の原則を採用した()めではない。以上説明したとおり、日本国憲法三九条は、所論二重危険の原則をそのまま採用したものではなく、刑事訴訟が被告人に不利益な検事上訴制度を認めたとしても何等所論憲法の規定に反するものではない。従つて、論旨は採用することを得ない。

 論旨第一点に対する裁判官沢田竹治郎、同斎藤悠輔の補足意見は次のとおりである。

 元来広義における「一事不再理」とは、通常訴訟手続において既に裁判所に係属した同一事件については、再び審理(勿論裁判も)を行わないという意味であつて、確定裁判の既判力の効果を指す狭義のものをいうものではない。(狭義では同一事件について前の確定裁判の確定した一定の法律関係と異つた内容の裁判をしてはならないという意味である。それ故、後の同一事件についても審理をした上、民事訴訟手続では前の確定裁判と同一内容の法律関係を基礎とした各場合の事情に適合する実体裁判をし、刑事訴訟手続では特に「免訴」という形式で前の確定裁判を再確認する実体裁判をするのである。すなわち、その意味において実体的な審理も裁判も行うのであつて、審理、裁判の手続を行わないという意味ではないのである。これを一般に一事不再理と呼ぶのは、実は正確でないばかりでなく、誤つた学説や判例を生む原因である。)すなわち、語義そのものとしては、「同一事件不再審理」の省略である。従つて、広義におけるこの原則は、通常訴訟手続では、後に裁判所に係属した同一事件の訴訟手続を廃止又は停止してこれを行わないという訴訟手続上の観念であり、もとより実体刑罰法上の責任を問わないという意味を持つものではない。そして、再審、非常上告等の非常訴訟手続は、狭義の一事不再理の原則を打破するため特に設けられた手続であるから、広義の一事不再理の原則も適用されないこというまでもないのである。米国憲法におけるいわゆる「二重危険の原則」は、死刑又は自由刑にあたる刑事事件の訴訟手続における(むし)ろ「広義の一事不再理の原則」に該当するもののようである。

 しかるに、わが憲法三九条は、読んで字のごとく「刑事上の責任を問わない」というだけであつて、実体刑罰法上の責任(もとより民事上の責任や行政上の責任等は含まれない)に関する規定であり、一事不再理のような訴訟手続に関する原則等を直接規定した規定ではない。ことに同条後段は、同一犯罪行為につき、同一人に対し、二重の刑事責任(これを実体刑罰法上の意味における「二重危険」と翻訳しても差支えない。)を問わないという三才の国民にもわかるような実体刑罰法上の原則を定めたに過ぎないものである。何もこの条丈を事々しく解釈して「刑事訴訟法的な一事不再理の原則を憲法的な保障にまで高めると共にこれを拡張強化した」と見るべき根拠も必要もないのである。されば、同条の趣旨は、実行の時に適法であつた行為は、犯罪ではないから、後に立法等を(もっ)てこれが刑事上の責任を問うてはならないし、既に無罪とされた行為については、通常訴訟手続たると非常訴訟手続たるとを問わず刑事上の責任を問うてはならないし(それ故、被告人にその効果を及ぼさない、従つて、その刑事上の責任を問うものでない非常上告手続は許される。)また、同一の犯罪について、同一人を二重に処罰してはならないが、その犯罪について確定判決があつても、他の共犯者を罰し若しくは同一被告人の利益たると不利益たるとを問わず、非常手続を以て本来負担すべき相当の罪の刑事上の責任を問うことは妨げないとするにある。従つて、わが新立法において、被告人の利益のための再審手続を維持したのは当然であるが、被告人の不利益のための再審手続規定(無罪を有罪とする場合を除く。)並びに刑法五八条を廃止したのは、全く条理に背く、明白な誤解であり、極めて顕著な「行過ぎ」の一例である。

 そして、新刑訴における控訴制度は、同一事件の続審手続であつて、もとより、同一犯罪について、重ねて刑事上の責任を問うものではない。それ故、検事上訴制度を認めた刑事訴訟は、何等憲法三九条に違反するところはない。

 論旨第一点に対する裁判官藤田八郎の少数意見は次のとおりである。

 憲法三九条は「何人も……既に無罪とされた行為については、刑事上の責任は問われない。又同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問われない」と規定している。

 (すなわ)ち一旦無罪とされた行為に対し後に有罪の裁判をすることを禁じ一旦有罪として処罰された行為に対しては重ねて処罰すること(二重処罰)を禁ずる趣旨を明らかにしているのであるが、その一旦無罪とされ、若しくは有罪として処罰されたとは、確定の裁判によつてその有罪無罪なることが終局的に確定した場合を()うのであつて、事件が訴訟手続進行の中途にあつて、有罪無罪の裁判が宣告されてもその効力が未確定浮動の状態にある場合のごときはこれを含まないと解すべきである。従つて、かゝる裁判に対して検事が上訴してさらに、上級審の裁判を求めるがごときことは、何ら右憲法の条規に触れるところはないのである。

 論旨第一点に関する裁判官栗山茂の意見は次のとおりである。

 憲法三九条末段の何人も同一の犯罪について重ねて刑事上の責任を問はれないという規定を、既に有罪とされた行為について二重に処罰されない趣旨と解するだけでは狭きに失する。公訴の取消後同一事件について公訴を提起することも(刑訴三四〇条参照)この保障によつて阻止さるべきものであるから、右末段の趣旨は同一の犯罪について二重に訴追(Second Prosecution)されないことに対する保障と解すべきものと思う。

 憲法三九条末段の規定が普通法の二重危険の原則を踏襲したものとしても、(実は二重危険の原則を踏襲したものとすれば三九条末段ばかりでなく、後段全部に及ぶべきものである)、これが日本国憲法に移植されて、それを一事不再理の法(げん)に還元するだけでは憲法上の保障としてはその意義不明瞭であり、殊にそれを多数意見のように解するとすれば狭きに失すると思う。

 まず最初に、我刑事訴訟手続の建前から、右三九条末段の問責がどの段階で始まるかゞ問題である。元来本件の人権も、三七条、三八条等の人権と等しくなるべく刑事被告人に有利に解釈するのが憲法本来の趣旨に合するものであるから、(これ)を二重追訴に対する保障と解すべきこと前に述べたとおりである。従て公訴が裁判所に(けい)属したとき(単に公訴が提起されたときではない。)に右問責の状態が始まつたものと解すべきであろう。論旨は米法流の二重危険の原則がそのまゝ適用されるとすれば上訴を以て一つの継続した訴訟ではないということになるという主張に帰する。しかし我刑事訴訟手続では上訴少くとも控訴審を以て非常救済の手段としていないのであつて、一連の訴訟手続の一部としているのである。控訴審が一連の訴訟手続の一部である以上は、同一問責の状態は継続するものであるから、第一審の判決に対し検事が被告人に不利益な上訴をしても二重問責の問題を生じないのである。

 前記憲法三九条末段の権利は、刑事被告人に対し保障された権利であつて、憲法三七条、三八条一項の権利のように被告人が(ほう)棄しうる権利であるから、再審は被告人としては重ねて責任を問はれることになるけれども、被告人にとつて有利な場合は被告人は右権利を抛棄したものとして、立法者は新法において被告人に不利益な再審の請求を認めないことにしたものと解する。憲法三九条保障の当然の結果である。卑見によれば、新法においては、上告は非常救済の手段たる性格を多分に帯びるに至つたものであるから、再審同様に被告人に不利益な検事上告は認むべきものでないと思う。(もっと)もこれも憲法三九条末段の解釈の問題ではないから(あえ)て憲法適否の問題を生ずるものではない。

 以上の理由で論旨の採用すべからざることは明である。

 検察官 長谷川瀏関与

  昭和二五年九月二七日

     最高裁判所大法廷

         裁判長裁判官    塚   崎   直   義

            裁判官    長 谷 川   太 一 郎

            裁判官    沢   田   竹 治 郎

            裁判官    霜   山   精   一

            裁判官    井   上       登

            裁判官    栗   山       茂

            裁判官    真   野       毅

            裁判官    小   谷   勝   重

            裁判官    島           保

            裁判官    斎   藤   悠   輔

            裁判官    藤   田   八   郎

            裁判官    岩   松   三   郎

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